ルポライターとして活動しています。
4冊の本を企画し、出版社にプレゼンし、発行しました。
「ルポルタージュ・アートブック」というシリーズもので世に送り出したこの4冊は、
一貫したテーマ「人と動物のありかた」で、事実のみを追及しています。
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わたし、捨て犬と出会うひとつのキーワードに添って、人の生き方をリサーチしてみました。この本のキーワードは「捨て犬」です。 あなたは捨て犬と聞いて、どんな犬を連想しますか。首輪もなく埃にまみれ道端をとぼとぼと歩くやせた犬。 ゴミ捨て場に置かれた箱の中から悲鳴のような声を出している犬。殺処分の日を目前にしてオリの中から訴えるような眼差しを向けてくる犬。 人により思い浮かべる犬は様々ですが、まずまちがいなく共通している点、 それは彼らはとても不幸であり、彼らを不幸に追いやったのは、 我々人間だということです。 ということは、我々人間が人間であるために、 なんとかしなければいけないということでもあります。 さて、この本に登場する15人のかたがたに共通する点、 それは「捨て犬を引き取った」ということです。 犬を家族として迎えるにあたり、 なぜ彼らはペットショップで買うのではなく、 あるいは知人から子犬を譲り受けるのではなく、 あえて他人が捨てた犬を選択したのか。 なりゆきで引き取った人がいます。 一大決意のもとに引き取った人がいます。 なにか運命のようなものを感じて引き取った人がいます。 理由はじつに多種多様ですが、 まずまちがいなく共通している点、 それは引き取った人も、引き取られた捨て犬も、 その後はとても幸福そうに生きていることでした。 この15人のかたがたが実際に体験した事実を通して、 人と犬のありかた、人と動物のありかたを、 あらためて考えてみる機会にしていただければ幸いです。
著:北野 玲 / 絵:半井 馨 |
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わたし、捨て犬と出会う2ひとつのキーワード「捨て犬」に添って、 人の生き方をリサーチしました。「捨て犬を引き取った」という共通項を持つ15人を取材し、 それを1冊の本にまとめました。 それがこの本の前作「わたし、捨て犬と出会う」です。 取材の過程で思わぬ発見をし、 「わたし、捨て犬と出会う」はきっと「いい仕事」になる、 多くの人に心から訴えたい内容の本にできる、 そう確信しました。 その発見とは、取材をした人々の大半が、 「わたしは捨て犬と暮らすようになり、いまは幸せです」と、 はっきりと断言されたことです。 これはわたしにとって驚異的な副産物的発見でした。 というのも、 わたしは決してその人の幸せ談を期待して話を聞きに行ったわけではなく、 あくまでも捨て犬をめぐる「決意」や「迷い」や「生活の変化」を、 聞きに行ったつもりだったのです。 人の幸せ談など聞きたくもない、と思う人がいるかもしれません。 しかしわたしが聞いた幸せ談は、 成功にまつわる苦労談などにありがちな得意満面の天狗話ではなく、 もっとつつましく身近で、もっとさりげない話でした。 そしてまずまちがいなく共通している最も重要なファクター、 それが「その幸せは犬の力によるものだ」ということでした。 そこでこの本「わたし、捨て犬と出会う・2」では、 さらにもう一段階、関心の輪を拡大し、 なぜ犬には人を幸せにできる力があるのか、 人はどのような状況で「わたしはいま幸せだ」と感じるのか、 そうした問題にも踏みこんでみたいと思いました。 今回の16話の方々が実際に体験した事実を通して、 人と犬のありかた、人の幸せのありかたを、 あらためてゆっくりと考えてみる機会にしていただければ幸いです。
著:北野 玲 / 絵:半井 馨 |
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わたし、菜食と出会う人の生き方をリサーチしました。菜食と聞いて、あなたはどんな食事をイメージしますか。 ベジタリアンと聞いて、あなたはどんな人を連想するでしょうか。 飽食の時代やグルメの時代といわれるいまの日本社会に属しながら、 なぜあえて肉を口にしない人々がいるのか。 いかなる主義が、いかなる精神が、あるいはいかなる宗教が、 あえて食材や食事の種類を大幅に限定させるのか。 それはストイックな行為なのか、なにかを祈願する行為なのか、 あるいは喜びを伴う行為となりうるのか。 より客観的な立場からベジタリアンという共通項を持つ人を取材し、 その主張、その生活ポリシー、その苦労談を聞いてみました。 さらに「菜食」テーマについて様々に考察を進めながら、物語を書いてみました。 ベジタリアンは、いまの時代においてまだまだ少数派です。 しかし少数派こそ誤解や偏見を受けながら時代の矛盾に挑み、 真理追及の先駆者となってきた事実は、常に歴史が証明するところです。 あなたは毎日の生活で食事するにあたり、 どのような考えに基づいた「生き方」をしていますか。 いつも好きなものを好きなだけ食べている、それもひとつの生き方です。 そんなこと考えたこともない、それもひとつの生き方です。 その他、健康、ダイエット、美容、癒し、交際、接待、などなど、 じつに様々な生き方が人の食事には反映しています。 その中でも常に誤解や偏見や逆境と戦いながら それでもあえて菜食を決意した人々の強い意志はきっとあなたの心に届き、 いま一度自分の食、自分の生き方、さらにはこの地球における人間のありかたを 再検討してみようという気にさせると、わたしは確信しています。
著:北野 玲 / 絵:半井 馨 |
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わたし、ヴィーガンと出会うコンビニで売っているお菓子のパッケージ裏に記された細かな文字列に目を通してみたことがありますか。「こんなにも多種多様の成分が含まれているのか」と驚くほどに、意味のよくわからないカタカナが数多く並んでいます。試みにその意味不明カタカナをインターネット・サーチエンジンで片っ端から検索し、その「意味」なり「役割」なりを調べてみたらどうでしょう。我々の顔色は、もしかしたら次第に青ざめてゆくかもしれないですね。なぜなら「たかがお菓子」とはいえ、それは「自分の体に入ってゆくもの」ですからね。今の時代、今の日本では我々が毎日食べているものにどうも問題が多いように思います。疑問点がつきないのです。 前回の「わたし、菜食と出会う」企画段階から二年かけて、ぼくは様々なベジタリアンと会って話を聞いてきました。その結果わかったことは、「菜食を実践している人は、自分のできる範囲で、『今の時代の食の問題』にきちんと取り組んでいる人がじつに多い」という驚きでした。特にヴィーガンと呼ばれる菜食生活を実践している人は、ひとりの例外もなくそうでした。 この本はあなたに菜食をすすめる本ではなく、登場する人もベジタリアンだけではないです。ではどういう人なのか。「菜食を(既成のまちがったイメージではなく)正しく理解し始めた人」という表現が最も妥当です。 ぜひ「菜食とはなにか」という新鮮な好奇心でこの本を読んでみてください。もしかすると、それはあなたの今後の生き方を微妙に変えるかもしれない。ぼくはそう思っています。ひとりでも多くの人がヴィーガン・コンセプト、つまりヴィーガンの生き方を知ってほしい。そうした人々が増えれば、きっとこの社会は、徐々に、良い方向に変わってゆくにちがいない。ぼくはそう信じてこの本をいまの世に送りだしたいと思います。
著:北野 玲 / 絵:半井 馨 |
